Village of terraced rice paddies

Traditional rice harvesting work was done and rice was drying naturally in traditional way. This is set for high scholl students from city but most part of the work was done by local elders.
Traditional rice harvesting work was done and rice was drying naturally in traditional way. This is set for high scholl students from city but most part of the work was done by local elders.

Tochikubo has a beautiful scenery looking down entire Minamiuonuma area over its own terraced rice paddies.

Opposite side of the valley from Shimizu, over 60 families are living in this mountainous village.

At this elementary school, only 10 children are being taught by 7 teachers. This place is also covered by over 4 meter of snow.

Next to the village, there are skying slopes and close to the town, many villagers commute to their work place. Rice paddies are continuously spreading along the slope of the hills and people use snow-free season fully for rice growing.

Rice under \"hasa\" or drying rudder. \'The taste is definitely better than modern machine technique,\' villagers say.
Rice under \”hasa\” or drying rudder. \’The taste is definitely better than modern machine technique,\’ villagers say.

Beech forest are covering the mountains and mountain goats and endangered butterflies are easily observed. Salamanders are found in fresh streams.

Number of children is decreasing and aging of the community is proceeding, so villagers are wondering about the future of their community.

棚田の里・・・栃窪集落

棚田で行われた手作業での稲刈りと、天日干し。都会の高校生が体験にやってきたが、大半は地元のみなさんのお仕事だった。
棚田で行われた手作業での稲刈りと、天日干し。都会の高校生が体験にやってきたが、大半は地元のみなさんのお仕事だった。

栃窪は、東向きの斜面に水田が階段状につらなり、魚沼盆地全体を見下ろす美しい眺めの集落です。

清水集落と反対側の山あい、標高500メートル前後の場所に60世帯余が散在しています。

栃窪小学校は全校児童10人、教職員7人。ここも冬場は4メートルの雪に包まれます。

シャトー塩沢スキー場に隣接し、市街地にも近いため、町場に通勤する人も少なくありません。

棚田が山の斜面に沿って広がり、平野部より冷涼な気象条件の中で、雪のない季節を目一杯につかったコメ作りが行われています。

「はさかけ」に下げられた稲穂。「絶対に天日干しの方がうまいって」と地元の人は口をそろえる。
「はさかけ」に下げられた稲穂。「絶対に天日干しの方がうまいって」と地元の人は口をそろえる。

周辺にはブナなどの広葉樹の森が広がり、カモシカやギフチョウなどが生息しています。きれいな水がわき出る場所などにはクロサンショウウオもいます。

高齢者だけの世帯も増え、子どもの数は減るばかりなので、将来的にどのような集落になっていくのかが村人の関心事となっています。

栃窪集落の情報は以下にもあります。
http://shiozawa.wschool.net/showindex.php?lang=ja&genre=7

Village of hardness and beauty

In September, fresh green colors are covering mountains and valleys where is covered by snow sometimes more than 4-5 meters in winter.
In September, fresh green colors are covering mountains and valleys where is covered by snow sometimes more than 4-5 meters in winter.

Shimizu is the last village to the mount Makihata which is acclaimed one of the best 100 mountains in Japan.

At shimizu, Less than 20 households are living calmly surrounded by beautiful forest.

There was a pass way connecting Echigo and Kanto area through Shimizu village and this village saw some tycoons and their samurais moving toward Kanto area for their battle.

Shimizu is the one of the place which has the heaviest snow falls in this snowy area. People need to fight with the snow for surviving.
Shimizu is the one of the place which has the heaviest snow falls in this snowy area. People need to fight with the snow for surviving.

Elevation is around 600 meters and in the winter season easily over 4 meter of snow covers the village.

The blanch school had closed 20 years ago and very limited number of children are living here.

Aged 20 families are just staying here. Slopes are steep so that rice paddies are not easy to set.
Lumbering business is dying away pressed by cheap imported materials. Maintenance work for high voltage power lines which had been supporting the village economy is shrinking hard because of advancement of remote monitoring technology. The future of the village is really on the edge.

On the other hand, nature of the mountain is still health. Mountain goats, monkeys and bears are walking around the village. Villagers keep their own way of life collecting mountain vegetables in the spring and variety of mushrooms in the fall.

険しさと美しさの里・・・清水集落

9月の清水。青々とした植物が山と谷とを覆っています。これが冬になると4メートルを超す雪原になってしまうのです。
9月の清水。青々とした植物が山と谷とを覆っています。これが冬になると4メートルを超す雪原になってしまうのです。

清水は、百名山のひとつ巻機山の上り口にある山里。わずか20世帯弱が、美しい森に囲まれて息づいています。

越後と関東をむすぶ清水峠につながる古くからの集落。上杉謙信の関東出兵の通り道ともなりました。

標高600メートル近い山村で冬は4メートルを超す雪に覆われます。すでに分校も閉鎖され、子どもは少なく、高齢者を中心とした20世帯弱が残っているだけ。

冬の清水。豪雪地帯である南魚沼でも、さらに雪が深い地域です。雪と向き合う日々が続くのです。
冬の清水。豪雪地帯である南魚沼でも、さらに雪が深い地域です。雪と向き合う日々が続くのです。

地形が険しく水田はほとんどなく、林業は衰退、集落を支えてきた送電線の保守事業も技術革新で遠隔操作が可能となり雇用は大幅に減少し、集落の将来は不透明です。

一方で、百名山のひとつ巻機山(1,967メートル)を背にしたすばらしい自然環境は健在で、カモシカやサル、クマなどの生態系も豊かだ。春の山菜、秋のキノコをいまも村人は生活の中に活かして暮らしています。

清水集落での情報が以下にあります。
http://shiozawa.wschool.net/showindex.php?lang=ja&genre=8

天上の楽園・・・後山集落

集落のシンボルである小学校。木造の新しい校舎は、時計台付き。
集落のシンボルである小学校。木造の新しい校舎は、時計台付き。

後山集落は、新幹線の駅から車でわずか10分。標高400メートルのかつての「陸の孤島」には、天上の楽園のような光景が広がる。

上越新幹線浦佐駅から車で10分ほど坂道を上って、新しいトンネルを抜けると、空が一杯に広がる後山集落に入ります。

「天上の楽園」のようなドラマチックな場所です。新しく出来た後山小学校は木造のかわいらしい建物。その裏手にきれいなブナ林が広がっています。

小学校の裏にあるブナ林。見事なブナの木々が天を覆う緑の屋根を作り出している。
小学校の裏にあるブナ林。見事なブナの木々が天を覆う緑の屋根を作り出している。

50世帯弱の家は、中央部に広がる水田をはさんで並んでいます。かつては地滑りにも悩まされた地域。

水がなかったために村人たちが手掘りで1キロ以上もトンネルを掘って隣の沢筋から水を流して、田に引きこむという努力がなされています。また、険しい山あいの道しかなかったために、また手掘りでトンネルを掘って交通を確保した歴史もあります。農業法人を作って作物を新しい市場に出そうという試みも始まっています。

集落のウェブサイトもあります。
http://www.usiroyama.gr.jp/

環境アート写真展「肖像」(終了しました)

大きな和紙に引き伸ばした「手」が、外からの風でゆっくり揺れる。
大きな和紙に引き伸ばした「手」が、外からの風でゆっくり揺れる。

自然と人の関係に焦点をあてて活動する写真家中竹孝行さんの写真展「肖像」が11月18日から、エコプラザで始まりました。11月9日までの予定。10月21日には中竹さんのトークもあります。
写真家中竹孝行さんの、「肖像」展が18日から始まりました。巨大な和紙に引き伸ばした写真が何枚もつり下がった様は、まことに壮観です。

中竹さんのこの一連の作品は、今年6月にイタリアのミラノで個展として展示されたばかりです。現地では高い評判を得た作品群です。染め物師、酪農家、米作農家。日本の自然の中で、それぞれの技を磨き、暮らしを支えてきた「手」には、顔以上の表情があります。

10月21日には中竹さん自身が作品の前で解説したり、別室でこれまでの写真との関わりを話したりする。
10月21日には中竹さん自身が作品の前で解説したり、別室でこれまでの写真との関わりを話したりする。

同時に、原宿で撮影した若者たちの手は、まだまだ白くてきれいで、これからどんな手になっていくのだろかと思わせられます。手の動きひとつひとつが重なっていく人生は、また手にそれぞれの表情を重ねていくのでしょう。

手が向き合ってきたその時代と場所の環境。遠くに日本各地の光景が見えるようです。

環境教室「里山と私たちの暮らし」開かれる

東京都の第1号の里山保全地域に指定されたあきる野市横沢入地区で保全活動に取り組む水野さんが、現場からの報告をしました。
東京都の第1号の里山保全地域に指定されたあきる野市横沢入地区で保全活動に取り組む水野さんが、現場からの報告をしました。

各地で保全活動が活発になってきた里山について学ぶ環境教室「里山と私たちの暮らし」が、2006年10月15日に、東京・新橋にある港区立生涯学習センターばるーんで開かれました。

 

港区では、あきる野市の里山を訪問して保全活動を体験するなど、里山関連の活動が多角的に始まっています。この学習教室もその一環で、翌月に開かれる港区のエコツアーの参加予定者や、環境を学ぶ学生、、そして里山保全を勉強する市民団体の方まで、20人近くが集いました。

講師となったのは、東京農業大学客員教授の守山弘さん、あきる野市の市民団体「エコボックス9」の水野克郎さん、それに新潟県で棚田の風景を追い続けている写真家の野沢恒雄さん。

講師の東京農業大学客員教授の守山弘先生は、里山保全の意義を科学的に説明してくれました。
講師の東京農業大学客員教授の守山弘先生は、里山保全の意義を科学的に説明してくれました。

最初に守山さんが「里山を科学する」というテーマで講演。里山の適切な保存が、生物多様性の保護や伝統的文化の保護につながることを解説しました。

守山さんは、里山という呼び名の歴史は意外と浅く、「谷津田」とそれを取り巻く林などを「里山」と呼ぶようになったのは、昭和30年頃からだと説明。その以前から農用林として、農業を中心とした人々の生活に森や林は欠かせない存在であり、その存在によって多様な生態系が守られてきたと、人と森が密接に関係してきた経緯を述べました。

実際に、あきる野市で開発から取り残された里山「横沢入」で保全活動に取り組んでいる水野さんが、現地での保全計画を話しました。
水野さんは、横沢入に関わる言葉として、「里山」「石切り場」「戦争(防空壕)」の3つを上げました。もともとは谷津田を中心とした里山であった場所が、宅地開発の対象とされたあと、バブル崩壊などで放置され、それを東京都が買い上げ「里山保全地域」に指定した経緯を説明。同時に、現地には戦時中の防空壕などの構造物が今もあちこちに残っており、それ以前からの石切り場の跡地などをあわせ、歴史的背景を持っていることも、写真とともに解説しました。

最後に野沢さんの里山のスライドショーが行われました。新潟県・三和村の谷内池という池周辺を数年掛けて採りためた四季の里山の光景はすばらしく、都心に居ながらにして、とびっきりの光景を堪能することが出来ました。