栃窪集落の笛木定義さん103歳が亡くなりました

栃窪集落で地域づくりに長く関わってきた長老、笛木定義さんが2011年2月6日に亡くなりました。103歳でした。
定義さんは、明治41年生まれ。1月末に「ちょっと体調が悪いから」と自分で言い出して入院した後、体が弱り2月6日朝に亡くなりました。

2007年夏、子どもたちに話しを聞かせてくれた時の定義さん。
2007年夏、子どもたちに話しを聞かせてくれた時の定義さん。

定義さんは、「100歳じいちゃん」としてエコプラスのプログラムなどでたくさんの話を聞かせてくれました。
2007年夏の「やまざと子どもショートステイ」では、子どもたちにお祭りの由来や、昔の暮らしぶりなどを聞かせてくれました。子どもたちの質問にも全て丁寧に答え、小さな子どもたちも熱心に聞いていました。
2009年秋には、TAPPOのプログラムをきっかけに栃窪のことを知ったイギリス人記者の取材も受け、この時の記事が英国の週刊誌「The Economist」の12月19日号に大きく掲載されました。

百寿の記念に定義さんが詠んだ詩「讃土地久保」。栃窪集落センター2階大広間の床の間に飾られています。
百寿の記念に定義さんが詠んだ詩「讃土地久保」。栃窪集落センター2階大広間の床の間に飾られています。

「最後まで頭脳明晰な人だった」と定義さんを知る人たちは語ります。今日は姿が見えないと思っていると、東京・八重洲のブックセンターに出かけていた、ということもしばしばあったそうです。

昭和のはじめに栃窪行われた「百円百年貯金」事業を進めたもの、当時青年団長だった定義さんでした。百円を積み立てておけば、年4分の利息で100年後には1万2千円になるという発想で、これを元手に事業を行おうというものでした。途中で戦争や通貨の切り下げがあり事業は頓挫しましたが、「世紀をまたぐ先進的な取り組みで、特筆すべき」と郷土史家も話しています。

2008年に実施した地域づくりアンケートでは、「無限の資源は無いから、人を育て伸ばせば、国、全世界に和と豊かさをもたらす。栃窪は人を作るに適している所と思う。人作りに精進して下さい。栃窪、最適の地と思う」との力強いメッセージも寄せています。

今日午前中に葬儀が行われました。白い雪原に青空が広がる素晴らしい天候です。定義さんの魂も、絶景の南魚沼を眺めておられることでしょう。