「稲刈り」タグアーカイブ

ボランティア、水害田んぼで大活躍

大量の泥が入った田んぼの稲を刈るボラティアと地元農家のみなさん
大量の泥が入った田んぼの稲を刈るボラティアと地元農家のみなさん

7月末の豪雨で大量の土砂流入などの被害を受けた新潟県南魚沼市の田んぼで、9月23日から首都圏や地元からのボランティアが手刈りで稲の収穫を手伝う活動を始めました。

2011年7月末の新潟・福島豪雨で、土砂流入などの被害を受けた新潟県南魚沼市の田んぼで、9月23日からボランティアが加わった手刈りの稲刈り作業が始まりました。

参加したのは、エコプラスなどの呼びかけに答えた首都圏や新潟市、それに地元南魚沼市の会社員や学生、公務員など。23日には15人が、24日には10人前後が、同市樺野沢地区での活動に参加しました。

一見問題がないような場所でも、稲株の根本には杉の葉や小枝などのごみが20センチ近くまで詰まっています。
一見問題がないような場所でも、稲株の根本には杉の葉や小枝などのごみが20センチ近くまで詰まっています。

被害を受けた田んぼは、一部では50センチ近くも土砂が流れ込んで、瓦のようになっている部分もあります。稲は一度は流れに押し倒されたものの、その後再び上を向いて穂を出し、受粉して、黄色く穂を実らせています。

石や小枝があってコンバインでは刈り取ることが出来ないため、ボランティアが手で刈り進めます。余りに深く埋もれた場所では、穂先だけを刈り取る方法も試されました。

隣を流れる川が氾濫して一部が一時は濁流が渦巻いたという10アールほどのある田んぼには、新潟市からの夫婦と東京都からの男性、それに地元の2人の計5人が手伝いに入り、持ち主夫婦とあわせ計7人で、昼食をはさんで5時間余りかけて全部の稲を手刈りしました。

田んぼの持ち主は、「水害なんて無関係だと思っていた。この田んぼを私ら夫婦だけでやったら何日かかったか。本当にボランティアのみなさんには助けられました」と話していました。

水害田んぼのボランティア活動は、10月中旬まで、同市樺野沢地区と栃窪地区などで展開されます。参加希望の方は、TAPPO 南魚沼やまとくらしの学校(tappo@ecoplus.jp、025-782-5103)まで。

http://tappo.ecoplus.jp/showart.php?lang=ja&genre=9&aid=999

昔の稲刈りから精米まで

座学では、昔の稲刈りから精米までの様子や、ワラ仕事について、笛木徳治さんから教わりました。
(稲刈りから精米まで)
1、稲刈り
今はコンバインで刈るために乾田だが、昔は湿田だった。田んぼの土はとてもぬかるんでいたので、刈り取る前の稲の上に刈り取った稲を置いて束ねた。稲の束は雑木を束ねて作った舟の上に置いた。
9月下旬から10月いっぱいまでかかった。昔はどこの家にも子どもも含めて6−7人の働き手がいた。牛や馬も家族同然にいた。

2、乾燥
天日乾燥にするため稲をハザにかけて乾かしたが、大変だった。昔は集落中でよくハザカケの光景が見られたものだった。
まず横一列に並んでいる数本のスギに12段か13段、縄を横渡しに張って「ハザ」作った。人間の背丈は3段目くらいまで。はしごをかけて1人がはしごに登り、もう1人が下から稲の束を投げ上げた。投げる方は上の人が取りやすいように投げなくてはならない。はしごが倒れることもたまにあった。命綱はもちろんなかった。
すき間なくかけると風にあおられて倒れてしまうので、「風穴」をあけてかけた。
ハザは田んぼの周りではなくて、家の周りにあった。刈った稲は馬や牛に運ばせた。人が手のひらで持てるくらいの束を1把(わ)と呼ぶ。12把で1束(そく)。馬は12束、人間は1束半を背負った。1反で120束くらい収穫できた。
雨の日も含め2週間くらいハザカケにしておくと、水分量が16%ほどになる。それより水分量が多いとカビてしまうし、乾き過ぎていると米粒がひび割れる。日の光というよりは、風に当てると乾く。乾燥が終わったら、家の近くの濡れないところに置いておく。現代は乾燥機で40-60度の風をあてて一気に16%に調整する。

2、脱穀
家の中に稲を持って来て脱穀した。60年ほど前までは足で踏んで動かす脱穀機を使った。1日やっても50束くらいしかできなかったのではないか。正月までかかった。

3、もみすり
昔は土臼を手で回して引いて玄米にした。

4、精米
臼に玄米を入れて、杵でついて精米した。新米が食べられたのは正月が過ぎてからだった。精米機が入ったのは終戦頃だったのではないか。玄米で食べることはなく、白米で食べた。7部つきはあった。
みんな米をよく食べた。家に30俵(ぴょう)の米を1年分として置いていた。10人くらいの家族だったので、1人あたり3俵。1俵は60キロなので、180キロほどだ。今は1人あたり年間1俵くらい食べていると言われているので、3倍だ。昔は米俵も編んだ。米俵が30個をくらい家の中に積んであった。昔は誰でも米俵1つくらいは簡単に担いでだが、今の人は担げないだろう。昔の人はよく動いたので、ご飯もよく食べた。

今は今日刈った稲を明日食べられる。今は手を抜いているので、どこか味が落ちるのかもしれない。昔は本当に手間をかけていた。
(今年の作柄)
米には等級があり、1等から3等と等外がある。資格をもった検査員が生育不良で白く濁った米が入っている割合を見て等級を決める。今年は夏が暑かったせいか、新潟県内で1等米は16〜17%しかない。普通は3割以上になる。栃窪は標高が高いために100%1等米だった。

 

講師の笛木徳治さんによるワラ仕事の実演。ワラはよく叩いてから使わないと使いものにならないとのこと。ひとつかみくらいの量を、10分くらい叩くそうです。
講師の笛木徳治さんによるワラ仕事の実演。ワラはよく叩いてから使わないと使いものにならないとのこと。ひとつかみくらいの量を、10分くらい叩くそうです。

(ワラについて)
コシヒカリのワラは丈夫でしなやかで良い。ワラはまず叩いてから使う。1把に対して。叩くとしなやかで強くなる。昔はどの家にも囲炉裏の隅にワラを叩く台にする石があった。今はワラを叩く機械がある。
昔ワラはとても貴重なもので捨てるところはなかった。ワラでいろいろなものを作った。冬の間中、ワラ仕事をしていた。1日でわらじは10足、わらぐつは5足くらい作れた。背負子は丸1日かかる。米俵も作った。
今はほとんどがコンバインで刈り取られるため、ワラが短く切られてしまい、ワラ細工できるワラが少なくなった。

ワラジを作っているところです。参加者は徳治さんの手さばきのあざやかさに感嘆の声をあげていました。
ワラジを作っているところです。参加者は徳治さんの手さばきのあざやかさに感嘆の声をあげていました。

【田んぼのイロハ】イネの刈り取りとはざかけを体験

2009年10月17日-18日に、南魚沼市栃窪地区で地元のベテランに教わりながらイネの刈り取りと天日乾燥の作業を体験しました。

稲刈りの様子
稲刈りの様子

 

地元の人からイネの束ね方を教わる参加者
地元の人からイネの束ね方を教わる参加者

休日農業講座「田んぼのイロハ」の第5回講座が、10月17日-18日に開かれました。
参加したのは首都圏の学生や社会人、親子連れなど29人。約半数が学生でした。

1日目は、地元の人を講師に座学を受けた他、生態系調査「栃窪いきものプロジェクト」にも参加しました。2日目は、青空の下で地元の人に教わりながらイネを刈り取り、束ねて「はざ」にかけました。

詳細はこちらへ
http://tappo.ecoplus.jp/showart.php?lang=ja&genre=9&aid=794

Fun of harvesting organic rice

29 participants enjoyed harvesting and drying rice under the sun in Tochikubo, Minamiuonuma on October 17th – 18th,

A Villager taught how to bind straw in sheaves to a participant.
A Villager taught how to bind straw in sheaves to a participant.

The 5th class of “ABC in a Rice Paddy” in this year was held on October 17th – 18th with 29 people, including students, business persons and families from metropolitan area. This time, university students occupied a half of the group.

On the 1st day, participants listened to the lecture by villagers and joined Tochikubo ecology research. On the 2nd day, they harvested, bound, and hung rice under the blue sky.

People work under the blue sky.
People work under the blue sky.

「去年より穂が重い!」イロハ田んぼで稲刈り

昨年は雑草の勢いに押され気味だったイロハ田んぼでしたが、今年は隣の田んぼの人にもほめられるほど立派な稲穂が実りました。
2008年度の「田んぼのイロハ」第4回が、10月18日ー19日に、南魚沼市栃窪で行われました。

参加したのは首都圏からの家族連れや会社員のみなさん13人。そのうちの5人は田植えにも参加した人たちでした。

2日間雲一つない青空で、時折吹く風が作業の疲れをいやしてくれる、本当に気持ちのいい天気に恵まれました。

1日目は13時に集合してすぐ「とちくぼ生き物プロジェクト」に参加し、生き物調べをした後、栃窪小学校を見学させてもらいました。この日小学校は集落をあげての文化祭で、ちょうど片付けの時間だったところにお邪魔し、一緒に片付けながら、校舎も見せてもらいました。

16時からは、地元の「とちくぼパノラマ農産」の笛木晶さんを講師に座学を行いました。明治以前から使われていたという脱穀用の道具を見せてもらい、どの家でもハザカケをするのが普通だった頃の作業や集落の様子についてお話を聞きました。

杉の木を等間隔に植えて横に十何段もつなを張り、4メートル近くの高さまでハザカケをしていたことや、乾かした稲がぬれないように家中に天井の高さまで積み上げていたことなど、農が暮らすことと一体になっていた30〜40年前の風景が少し見えたような気がしました。

 集落の日熊さん(左から2人目)に稲の束ね方を教わる。稲刈りでは、刈り取りよりもこの束ね方が大事な作業。
集落の日熊さん(左から2人目)に稲の束ね方を教わる。稲刈りでは、刈り取りよりもこの束ね方が大事な作業。

最後に手刈りの仕方、稲の束ねる(=まるける)やり方を教わって、次の日の稲刈りに備えました。

2日目は、午前9時から稲刈り。笛木晶さんと集落の日熊良一さん、笛木俊児さんの協力を得て、参加者は刈り方・まるけ方を何とか覚え、刈り取ってはまるける作業をくり返しました。

田んぼには、ぬかるんで長靴ごとはまってしまう場所があり、子どもたちはついには裸足になって田んぼをかけめぐっていました。

大人たちは疲れると手を止めて腰を伸ばし、真っ青な秋晴れの空を眺め、或いは紅葉の始まった八海山や巻機山を眺めて、また作業にかかっていました。

午後3時に1反(約10アール)あまりのイロハ田んぼの刈り取りを終えることができました。

稲の束を女の子が投げて、大人がはざにかけます。回りの人との共同作業でペースがぐんと上がります。
稲の束を女の子が投げて、大人がはざにかけます。回りの人との共同作業でペースがぐんと上がります。

参加者のみなさんは、「今回の稲刈り作業では、単なる自然体験ではなく、農作業のつらいところも子どもに見せることができて良かった」などと感想を話していました。

おコメは10日間程度、天日で乾燥して、脱穀しおコメになり、11月2日の収穫祭にはおにぎりになって登場する予定です。

無農薬田んぼは、自然のジャングル

一年間、まったく農薬や化学肥料を使わなかったオーナー田んぼの稲株の間には、小さなクモやらイモリやらが次々と登場した。

こちらはオーナーの山田さんに稲刈り指導をする通りがかりの村人。「腰の構えが違う!」などとにぎやかな指導でした。
こちらはオーナーの山田さんに稲刈り指導をする通りがかりの村人。「腰の構えが違う!」などとにぎやかな指導でした。
目線を稲株ぎりぎりまで下げると、田んぼジャングルとでも呼べるような新しい世界が広がります。
目線を稲株ぎりぎりまで下げると、田んぼジャングルとでも呼べるような新しい世界が広がります。

 

秋の晴れ間にオーナー田んぼ稲刈り

棚田オーナーのみなさんの田んぼがついに稲刈りとなりました。本日午後、オーナーの一人の山田さんも一緒に、手で稲刈りを行い、半分弱を刈りました。

オーナー田んぼの端っこから刈り取り作業を始めるオーナーの一人山田さん
オーナー田んぼの端っこから刈り取り作業を始めるオーナーの一人山田さん

秋晴れとなった10月12日午後、オーナー田んぼの残って板1枚の刈り取りが行われました。

天候も、稲の具合もちょうどこの日曜日が最適となって、朝露も乾いた午後1時過ぎから、オーナーの一人である山田さん一家4人、実習で訪れていた早稲田大学の学生6人などが加わって、稲刈り作業を行いました。

地元パノラマ農産のみなさんやエコプラス関係者もいれて総勢14人で、午後4時までの3時間弱で、3割方の刈り取りを終えました。

稲の具合は最高で、ほかのほとんどの田んぼでは稲穂が倒れてしまう「倒伏」が全面的に発生していたのですが、オーナー田んぼは倒伏は2割ほど。

逆に最後まで実に栄養が届いたせいか、稲粒も大きく、「きつねのしっぽ」のような立派な稲穂となっていました。

もっとも秋口に入っての降雨量の多さを反映して田んぼはぬかるみが強く、次の一歩のために深く埋もれた長靴を引き抜くのが大変な状態。効率が大変悪い手作業となりました。

ついに刈り取りを迎えた稲穂たち
ついに刈り取りを迎えた稲穂たち

一度に5-6株、できれば8株程度を刈り取り、それを2つ重ねて、去年の稲ワラでしばって一つの束とします。この束を4段重ねの竿にかけて天日干しとします。

足場の悪い中での刈り取りなので、刈った稲をその場に置くと濡れたり泥まみれになるために、離れたへりまで歩いていってそこで束にするなど手間が大変かかりました。

この一年、まったく農薬や化学肥料を使っていない田んぼは、稲以外にもたくさんの草が生え、カエルやイモリ、クモなどいろんな生き物が、稲の根本から飛び出しました。

時間切れとなったために、残りはパノラマ農産のみなさんに刈り入れしていただき、2週間ほどの天日乾燥でおコメとなる段取りです。

「地球交響曲(ガイアシンフォニー)第7番」稲刈りシーン撮影

去る9月24日は、絶好の稲刈り日和となった。南魚沼市内で高野・大前が借りてコメを作っている無農薬田んぼでも、稲作指南役の山田孝太郎さんと共に、約3畝分のコシヒカリの手刈りによる稲刈りが行われた。

 高野が稲を刈る様子を間近で撮影。このカットが採用されれば、かなりのアップではないだろうか。
高野が稲を刈る様子を間近で撮影。このカットが採用されれば、かなりのアップではないだろうか。

手伝いとして参加した事務局スタッフは10時半近くに田んぼに到着。高野・大前宅の近くの広場に車をとめて降りると、すぐ上の方から「来ないかと思ったよー。こっちだよ」と、高野の声がした。上越線の線路が通る小高い丘のふもとに高野らの家があり、田んぼはその中腹にあった。見上げると、彼女の傍らにはテレビで見たのと同じ映画の撮影陣がいた。「地球交響曲」の龍村仁監督とプロデューサーのゆかり夫人、撮影スタッフのみなさんだった。

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「地球(ガイア)の声がきこえますか。」という呼びかけで始まる映画「地球交響曲」は、今この時代に、母なる星・地球の未来にとって示唆にあふれたメッセージをもつ人々をドキュメントしたオムニバス映画です。
地球上の様々な土地で、現代の常識にとらわれず、素晴らしい未来を築きつつある人達を訪ね、お話を聞きました。その珠玉のメッセージが、美しい自然の映像とハーモナイズして、あたかも一つの交響曲のように物語られていきます。
この映画「地球交響曲」では、地球上のあらゆる“いのち”が、地球という大きな“いのち”を形作っている、母なる星・地球がひとつの大きな美しい生命体であるとして描かれています。この地球環境を守る大切さを訴えかけている「母なる星・地球の映画」です。
(製作・配給:株式会社オンザロード ホームページより)

「地球交響曲」公式サイト
http://www.gaiasymphony.com/
龍村仁監督公式ブログ
http://jtatsumura.exblog.jp/
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 晴天とは言え雲が多かったこの日、太陽が隠れることもしばしば。太陽が出るのを待ちながらハザカケを手伝って下さる撮影スタッフのみなさん。
晴天とは言え雲が多かったこの日、太陽が隠れることもしばしば。太陽が出るのを待ちながらハザカケを手伝って下さる撮影スタッフのみなさん。

何を隠そう、その地球交響曲の最新作・第7番に高野孝子の出演が決定し、その撮影がこの田んぼで行われたのだ。太陽が雲に隠れる度に撮影を中断していたが、午前中と刈り終わる頃を主に撮影していたようだった。
午後には、ヤップ島プログラム1期生(当時高校生!)の中竹亜衣さんも八王子から登場し、プロデューサー自らほぼ一日稲刈りを手伝い、ほかの撮影メンバーも大活躍で、最大8名の力を借りて、午後4時半、ようやくハザカケまで終了した。

第7番は再来年完成予定。撮影は始まったばかり。乞うご期待!

Village of terraced rice paddies

Traditional rice harvesting work was done and rice was drying naturally in traditional way. This is set for high scholl students from city but most part of the work was done by local elders.
Traditional rice harvesting work was done and rice was drying naturally in traditional way. This is set for high scholl students from city but most part of the work was done by local elders.

Tochikubo has a beautiful scenery looking down entire Minamiuonuma area over its own terraced rice paddies.

Opposite side of the valley from Shimizu, over 60 families are living in this mountainous village.

At this elementary school, only 10 children are being taught by 7 teachers. This place is also covered by over 4 meter of snow.

Next to the village, there are skying slopes and close to the town, many villagers commute to their work place. Rice paddies are continuously spreading along the slope of the hills and people use snow-free season fully for rice growing.

Rice under \"hasa\" or drying rudder. \'The taste is definitely better than modern machine technique,\' villagers say.
Rice under \”hasa\” or drying rudder. \’The taste is definitely better than modern machine technique,\’ villagers say.

Beech forest are covering the mountains and mountain goats and endangered butterflies are easily observed. Salamanders are found in fresh streams.

Number of children is decreasing and aging of the community is proceeding, so villagers are wondering about the future of their community.

棚田の里・・・栃窪集落

棚田で行われた手作業での稲刈りと、天日干し。都会の高校生が体験にやってきたが、大半は地元のみなさんのお仕事だった。
棚田で行われた手作業での稲刈りと、天日干し。都会の高校生が体験にやってきたが、大半は地元のみなさんのお仕事だった。

栃窪は、東向きの斜面に水田が階段状につらなり、魚沼盆地全体を見下ろす美しい眺めの集落です。

清水集落と反対側の山あい、標高500メートル前後の場所に60世帯余が散在しています。

栃窪小学校は全校児童10人、教職員7人。ここも冬場は4メートルの雪に包まれます。

シャトー塩沢スキー場に隣接し、市街地にも近いため、町場に通勤する人も少なくありません。

棚田が山の斜面に沿って広がり、平野部より冷涼な気象条件の中で、雪のない季節を目一杯につかったコメ作りが行われています。

「はさかけ」に下げられた稲穂。「絶対に天日干しの方がうまいって」と地元の人は口をそろえる。
「はさかけ」に下げられた稲穂。「絶対に天日干しの方がうまいって」と地元の人は口をそろえる。

周辺にはブナなどの広葉樹の森が広がり、カモシカやギフチョウなどが生息しています。きれいな水がわき出る場所などにはクロサンショウウオもいます。

高齢者だけの世帯も増え、子どもの数は減るばかりなので、将来的にどのような集落になっていくのかが村人の関心事となっています。

栃窪集落の情報は以下にもあります。
http://shiozawa.wschool.net/showindex.php?lang=ja&genre=7