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雪が残る栃窪集落で春の恵みを満喫

2011年5月7日、新潟県南魚沼市栃窪集落で、透き通った青い空のもと、栃窪の春の恵みと暮らしを体験する「山菜講座」を行いました。
5月7日、20人が自然豊かな栃窪集落で、山菜などの春の恵みを楽しみました。参加者は、首都圏や新潟県内の都市部に加え、新潟県や長野県の山村部からも集まりました。

新緑を楽しみながら、休耕田にたくさん出ていたコゴミを採りました
新緑を楽しみながら、休耕田にたくさん出ていたコゴミを採りました

午前中は、栃窪のシンボルである樽山(たるやま・736メートル)の麓に出かけ、山菜採りをしました。透き通った青空、木々の初々しい芽吹き、淡いピンクの花をつけた山桜、そしてまだ残る白い雪。田んぼのあぜにはフキノトウが顔を出し、休耕田はコゴミ畑となっていました。カエルの鳴き声もあちこちから聞こえ、冬眠明けでゆっくりと動くヘビの姿もありました。参加者は雪どけが遅い今年ならではの「春」の様子を楽しみつつ、袋いっぱいに山菜を集めていました。

散策後は、栃窪の女性たちのグループ「栃窪かあちゃんず」のみなさん特製の山菜ランチ。天ぷらやゴマ和えなどの定番メニューから、アサツキとチーズを餃子の皮で包んで揚げたアイデアメニューまでがテーブルにずらりと並びました。参加者からは「このゴマ和えはどうやって作るのか」などの質問が出され、かあちゃんずとの会話が弾んでいました。

ひとつひとつの山菜について丁寧に教えてもらいました
ひとつひとつの山菜について丁寧に教えてもらいました

昼食の後は、採って来た山菜を広げて、食べてはいけないものがないかを講師の健作さんに判定してもらいました。その後の今日の感想の交換会では、さまざまな地域から集まった人たちから多様な感想が出されました。

参加者からは以下のような感想がありました。
・食べられるもの、食べてはいけないものが聞けたのは良かった
・フキノトウに白っぽいものと黄色っぽいものがあるのは気づいていたが、味に違いがあるとは初めて知った
・米粉で揚げたてんぷらはカリカリしておいしかった
・夫に連れられてきたが、子どもの頃以来の山遊びは楽しかった
・当たり前のようにフキノトウをはじめ、いろいろな山菜が歩いているだけで見られたことに感動した
・新緑と雪山のコンストラストが美しかった
・私の集落は四方を山で囲まれた場所。栃窪は開けた場所ですがすがしく気持ちがいい。もっと散策してみたい
・神奈川県でふれあい自然塾をしているが、もっと地元に根を張った活動にしていきたいと思った

あぜ豆や堆肥、手作りの暮らし

座学では、田んぼで使う堆肥や、あぜに植える豆などについて、話を聞きました。

(あぜ豆と味噌)
昔は全部のあぜに豆を植えた。私の家では1年に10俵くらいの豆を採り、それで味噌を作った。昔は、自分で作れるようなものは全部作ったものだ。雪の中になる前3カ月の間に食べるものをいかに蓄えておけるかが大事だった。今は冬でも車ですぐにスーパーに買いに行けるが、昔は背中に背負って運ばないといけないので、大変だった。
南魚沼市内の徳田農産という会社に大豆を持っていくと味噌を作ってくれる。今の時季に「天地返し」をしないといけない。9月頃食べられるようになる。私の家では味噌の表面を昆布でおおっている。昆布のエキスが出てうまみが増す。

味噌はまず豆を茹でて潰す。潰したら塩と麹をよく交ぜて仕込む。昔は「味噌玉」を作って、いろりにぶら下げて乾かした。いぶされて味噌が黒くなったものだ。
私の家の蔵では、いくつもの大きな樽に味噌が仕込んであった。母親の実家には味噌専用の蔵「味噌蔵」があった。
昔は3-5年置いた味噌しか食べなかった。新しい味噌だと美味しくてたくさん食べてしまうので、食べ過ぎないように古い味噌を食べていた。昔は家族がたくさんいたので、経済が優先された。うまいものは食べさせられない時代だった。栄養的には古いもののほうがいい。

(堆肥)
昔はどこの家も馬や牛を飼っていた。あぜなどで刈った草を干して馬や牛の小屋に入れた。馬や牛に踏まれた草が貯まると、小屋から出して積み上げていった。それが堆肥の山で「肥山」と呼ばれていた。
春先の雪どけ前になると肥山から堆肥を出し、そりで離れた田んぼまで運んだ。田んぼに積もっている雪に一辺2mくらいの四角い穴を掘って、その中に堆肥を入れた。雪が溶けると堆肥だけが山になって残っているので、背負い式のカゴに移して田んぼに散らした。このカゴを「肥カゴ」と呼んだ。背負子に木で枠をつくって、縄で網をつけたもので、田植えの際の苗運びでも同様のものを使った。

(田植えと「結」)
昭和20年代頃までは6月末まで田植えをしていた。人を頼んだり、「結」をしたりして、5日から10日間をかけて田植えをした。結は、だいたい同じくらいの仕事ができる気の合う人たちが集まってやっていた。
私の家では隣の集落から人を雇って田植えをしてもらった。家に泊まってもらい、自分たちで作ったどぶろくを飲んでもらった。

(苗)
苗作りにも肥料を使えば生長がよくなると思う。化学肥料は即効性があり種類も多いので、早く苗を大きくすることができる。有機肥料は効きが遅いので、苗の生長に時間がかかる。化学肥料を使用する現代の一般的な農業では1週間から10日で苗が育つが、それ以上の時間がかかっている。天候に大きく左右される。
昔は苗作りの温度調節にロウ紙を使った。春先、「水苗代」を作ってもみをスジまきし、もみがらを焼いて作った「くん炭」をかけ、さらにロウ紙をかぶせて保温した。

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(Q:タイ米を輸入したほどの冷害のあった年と、今年はどっちが寒いか)
冷害の年は田植えの時は良かったが、その後寒くなった。東北は「やませ」が長期間吹いて大変だった。この辺は1〜2割落ち程度で、そんなに影響がなかった。
長年付き合いのある人に米を送ると「行列を作って米を買ったり、タイ米を買ったりせずに済んだ」と感謝された。1俵10万円でもいいから欲しいという人もいた。
今年は、田植え直後に気温が上がらない日が続いたが、最近の天候は上々だと思う。梅雨にちゃんと雨が降っている。夏にどうなるかで決まる。

(Q:田んぼの雑草は、コナギ以外に何があるか)
ヒエやオモダカ。雑草ではないが、今年はアオミドロが多い。

(Q:あぜ豆は昔からやっているそうだが、豆を狙って食べにくる動物はいるか)
昔は苗ではなく豆をあぜに植えたので、ハトが食べに来た。豆のサヤができるとウサギやタヌキが食べに来る。最近はイノシシが出るようになった。あぜ豆は食べないが、ヤマイモなど他の作物に被害があった。サルは出ていない。

ボランティアと地域住民が一緒にナメコのコマ打ち作業を実施

2010年6月19−20日、新潟県南魚沼市清水で、外部からのボランティアと集落住民が一緒になって、ナメコの菌を丸太に打ち込む「コマ打ち」作業をしました。
2010年6月19−20日新潟県南魚沼市清水で、清水集落内外の人が一緒に、ナメコの菌を丸太に打ち込む「コマ打ち」作業をしました。

2日目には、日帰りのボランティアや勤めが休みとなった住民が加わって、全部で20人になりました。
2日目には、日帰りのボランティアや勤めが休みとなった住民が加わって、全部で20人になりました。

戸数20人口57人と少子高齢化に直面している清水集落では、村の活性化のために2年前から集落外の人とも一緒にナメコの特産化を目指す取り組みを始めています。

今年のコマ打ちは、当初予定していた5月中旬には残雪が多く実施できず、雪どけを待ってから日程を組み直しました。

急な呼びかけでしたが、清水の人たちの活性化への取り組みを応援しようと、首都圏や南魚沼市内からの6人、それにエコプラススタッフ4人の計10人のボランティアが加わりました。夜行バスを使って日帰りで参加した大学生もいました。

作業は集落から車と徒歩で45分ほど行った標高1,000m近くにあるブナ林の中で行われました。昨年秋に除伐しておいたブナ12本分の丸太に、集落の人が電動ドリルで次々に穴をあけ、参加者たちは穴にコマを詰め、金づちで打ち込みました。2日間の12時間弱をかけて、2万6千個のナメコのコマを打ち込むことができました。

作業後はお酒を酌み交わしながら、今後の展開に向けたアイデア交換なども行われました。

大人2人かがりでやっと動くようなブナの丸太にもコマを打ちました。
大人2人かがりでやっと動くようなブナの丸太にもコマを打ちました。

地元の人たちからの「応援がなければ2万6千個のコマを打ち込むことはできなかったので、とてもありがたい」「ナメコが出てきたところは圧巻な光景なので見にきて欲しい」という声に対して、参加者からは「山の中での作業はとても気持ち良く、最高のレジャーだと思った」「原木ナメコの作り方を始めて知った。収穫できるようになるのが楽しみ」との感想がありました。

今年の秋からは2年前に打ったナメコが本格的に収穫ができるようになります。今回打ったナメコは、2年後の秋から本格的に出始める予定です。

やまざとの食と暮らし講座 山菜は春の山の楽しみ

首都圏や県内からの参加者11人が、山菜の採り方や食べ方を地元の名人に教わりました。
2010年度最初の「やまざとの食と暮らし講座」が、5月5日に南魚沼市栃窪集落で開かれました。首都圏や県内に住む会社員・主婦など11人の参加者が、山菜の採り方、アクの抜き方や保存の仕方などを、地元の名人たちに教わりました。

雪が残っている田んぼのあぜで、出たばかりのフキノトウを発見!
雪が残っている田んぼのあぜで、出たばかりのフキノトウを発見!

はじめに、地元の山菜採り名人・笛木健作さんと、2時間半ほど散策をしました。アスファルトの道路から農道を通り、田んぼのあぜや林の中を歩きながら、健作さんは、山菜や食べられる野草、花が美しい山野草など約20種類について詳しく説明してくれました。そのうち16種類が食べられるもので、フキノトウ、コゴメ、ウド、ゼンマイ、ミツアバケビの芽などでした。タネツケバナやワサビナなどは、そのまま食べられるということで、参加者はその場でかじってみました。道端や田んぼのあぜなど至る所で目にするタネツケバナが「食べられる」と聞いて、特に地元周辺からの参加者はおどろいていました。

昼食は集落の料理名人、笛木くらさん・笛木和子さんの手作りランチでした。
採りたての山菜を使った天ぷらや和え物、地元の食材がふんだんに使われた料理が20品ほど並びました。参加者はそれぞれの料理に手をのばしながら、「家族にも食べさせたい」「自分もこういう食事を出したい」など、会話を弾ませていました。
食事の後に、採ってきた山菜をブルーシートの上に広げ、鑑定会を行いました。健作さんが食べられないものを取り出すのを、参加者は照れくさそうに笑って見ていました。
その後、くらさんと和子さんも加わり、参加者が採って来た山菜を見ながら、処理の仕方を説明しました。昼食で2人が出してくれた料理が好評で、特に女性の参加者が、作り方を詳しく聞いていました。

採ってきた山菜の名前や種類を、名人から詳しく教わりました。
採ってきた山菜の名前や種類を、名人から詳しく教わりました。

参加者からは、「山菜や野の植物ひとつひとつに名前があり、素晴らしいと思った」「暮らしの中に自然に山菜があることを感じた」「季節やゆとりを感じた」「お昼ごはんがおいしかった」などの感想がありました。

晴天に恵まれ半袖で過ごせるような暑い日でしたが、雪ぎえが遅かったために早春から晩春の花々が咲き誇っていました。

雪中キャンプ・・暮らし編

キャンプでは、何でも自分たちでやるのが基本。火も、お湯も、明かりも、スイッチ一つでというわけにはいきません。

バーベキューも自分たちで料理して食べます。吹雪の中の料理は格別!
バーベキューも自分たちで料理して食べます。吹雪の中の料理は格別!
テントの撤収をする参加者の前に青空が広がりました。あっという間の3日間でした。
テントの撤収をする参加者の前に青空が広がりました。あっという間の3日間でした。

 

清水のナメコ

11月15日、清水集落の小野塚忠一さんが自分で育てたナメコを事務所に届けてくださいました。

 

私の人指し指と比べるとその大きさがわかるでしょうか。
私の人指し指と比べるとその大きさがわかるでしょうか。

忠一さんの持って来てくださったカゴいっぱいのナメコは、スーパーなどではまず見かけないような立派な大きさで、つややかに光っていました。

「ナメコが出たらやるからって約束してたんだ。11月3日に清水に来るって言ってたから持って帰ってもらおうと思っていたけれど、雪で中止になっただろう。送ってやってくれ」と、朝採ったばかりのナメコを2キロほど持ってきれくれたのでした。9月末の清水での「やまざとワークショップ」の時の参加者と、夜の交流会の席で交わした約束でした。

これで約220gほどです。見事なつややかさ。標高の高いところで育ったナメコは、ヌメリがあって格別においしいそうです。
これで約220gほどです。見事なつややかさ。標高の高いところで育ったナメコは、ヌメリがあって格別においしいそうです。

「雪が降ってしまったからいまいちコリコリしないのだけど、約束したから。今年はあまり出が良くないな。自分より上のほうでやっている人は出てないと話していた。昨年の5月にみんなでコマを打ったところも細い木に少しでたばかりだ」と話しておられました。

受け取ったナメコは、9月のやまざとワークショップ参加者にお送りしました。

「やまざとの食と暮らし講座」第3回 山のおやつを味わいました。

木の実を食べ、つるを編み、少し昔の秋の山の暮らしを体験しました。
10月4日に、「やまざとの食と暮らし講座」第3回目となる「秋の山のおやつ講座」が、南魚沼市栃窪集落で開かれました。南魚沼市周辺、東京都や群馬県から、幼児1人を含む12人が参加。地元の笛木信治さんを講師に、野山で食べられる木の実を探したり、自分で集めたつるで小さなかごやリースを作ったりしました。

 アケビがたくさん実っている場所に連れて行ってもらいました。アケビの実とり放題!
アケビがたくさん実っている場所に連れて行ってもらいました。アケビの実とり放題!

午前は、集落内の野原や山道を歩きながら、アケビ、ムカゴ、ヤマブドウの一種など、9種類の食べられる実を見つけました。70代の笛木さんが子どもの頃は春から秋まで、山でおやつを探して食べていたそうです。笛木さんは実を見つけるたびに、食べ方や、その実にまつわる思い出話をしてくれました。参加者は、実をじっと観察し、そっと口に入れ、「酸っぱい」「思ったより甘みがある」「スポーツ飲料みたいな味」などと話しながら、初めての味を確かめていました。

 参加者はつる細工を作るのが初めて。「自分にもつくれるかな」と作り方を見守っていました。
参加者はつる細工を作るのが初めて。「自分にもつくれるかな」と作り方を見守っていました。

午後は、実を探しながら集めたアケビなどの木のつるで、小さなかごやリースを作りました。笛木さんからはだいたいの作り方を教わり、大きさや形は参加者の自由。つるの形もいろいろのため、個性的な作品ができ上がっていました。

40年ほど前まで、山の柴を燃料として利用し、山すその草を家畜のエサとしてすべて刈り取っていたため、野山はとてもきれいだったそうです。大人も子どもも山のものを食べ、木のつるや草の葉を道具にし、山と一体になって暮らしていたと、笛木さんは、ふり返っていました。

そうした暮らしの中で培われた知恵は、生活の変化とともに必要とされなくなり、失われようとしています。ふり返りでは、参加者から「生活に必要がなくなったからいらなくするのではなく、こんなこともできると伝えたい」「子どもたちにはこういう体験は大事と思うので、連れて歩きたい」などの感想が聞かれました。

苗代片付け

苗代が、8月27日に片付けられました。

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苗を育てるために、雪どけ後最初に作られる苗のプール「苗代(なわしろ)」。

今年は4月13日に、まず地面を平らにするところから始めました。苗代を作る場所は車で通りがかる時に見えるので、この作業をしているのが見えると、いよいよ米づくりが始まる・・・春だなあ、と感じたものでした。

そんな春の風物詩でもある苗代が、8月27日に片付けられました。使われていた木材やシートは、来年も使えるようきちんとしまわれていました。